栗栖村古渡(尾張側)と取組村村中(美濃側)を結ぶ。川幅七五間。
霊元天皇の御字貞享三年に渡船が始まった。
この地の、取組はもと鳥組と書き、猿啄城落城の時より取組と改められた。享保年中の頃まで鳥組御番所があった。また、鳥組、勝山、人馬継並に御用状継のこと延享四年やむと伝えられる。
明治十五年の渡し賃は、一人、人力車一台、馬車荷車一台・牛・馬一頭、かご長持一荷で六厘。両掛一荷分持で三厘。明治三六年に廃止された。
参考『坂祝村史』(坂祝村教育委員会、昭和三十年)51頁『くさの井史』