※扶桑町斎藤におく。

幕末頃は齋藤村といった。前刀で「さきと」という。むかし、前利連氏益(さきとのむらじうじます)とその一族等が住んだ本貫の地である。連は尾張氏の類で、神八井耳命(かむやゐみのみこと)の後裔であると『新撰姓氏録』に記し、氏益の事は『續日本後紀』の承和八年(841)四月乙巳の紀に見える。

参考:『尾張名所圖會 後編 巻六』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)

丹羽郡扶桑町斎藤中屋敷25番地