尼寺で、明治三三年(1900)に当地の丹羽ちせの篤志により創設され、全長庵とよばれた。当地の横内は、入鹿池の築造と古木津用水の開削により開発された地域であるが、全長庵の創設と関係はない。

入鹿池六人衆のうち、村中村の丹羽又兵衛と上末村の鈴木久兵衛がこの地に移住し、開発を指導した。江戸中期には家数16・人口123であったが、末期には家数39・人口195に増えている。入鹿池六人衆は新田開発の功により尾張藩から苗字帯刀を許され、新田頭として十石を与えられた。

開墾のとき又兵衛が建立した壬申堂や天王宮は、今は残っていない。

参考:小牧市史編集委員会『小牧市史 本文編』(小牧市、昭和五十二年)233、234頁

小牧市横内135番地
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