主神は天照大神、神功皇后・応神天皇・玉依姫を配祀。この地に伊勢神宮の神領が存在し、大神を奉祀したと推測される(『桑名市史』)。

鎮座の年代は不詳で、慶長五年(1600)桑名城主本多忠勝が八幡社を勤請している。また元和二年(1616)本多忠政が社領二千石に附して寄田した。
俗説では、慶長年中本多忠勝の大阪出陣の際、矢田川原で勢揃いしていた折、二羽の鳩が旗章の上に止まり、やがて戦功を立てた事から、その子忠政が山城国石清水八幡宮から神霊を奉遷したという。
また一説には、忠勝が西方の山にあったのを移そうと三度神慮を伺って御許しが無く、忠政に至って、元和二年に寄進したという。
八幡社の遷座の際、主神の社はその傍に祀られ大日如来と称した。
元禄十七年(1707)に松平元重が現在の社を再建した。

参考:近藤杢、平岡潤『桑名市史 本編』(桑名市教育委員会、昭和34年発行・昭和62年三版)49、50頁

桑名市新矢田丁目
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