『新撰美濃志』武儀郡蕨生村の条(444-5)

鉛は佐倉洞といふ所にむかし金をほりし跡といふ所ありて、寛政二年越前国より金掘二十八人を呼寄せ鉛をほらせしかども、費用のみ多くかかりて利を得る事すくなかりければ、其後やめて採る事なし。濃陽志略に「神楽洞在村西、頃年鑿(うがつ)山採鉛、近不復取」とある所なり。凡当郡のうちには此あたり又金山村の辺、鉛銅の出る山多し。公裁をもて掘採らせ兼て軍用の備へに設け置かせ給ふべき事なり。

美濃市蕨生
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