※詳細な場所は不明。浅野交差点におく。
『張州府志』に稻置庄とあるのは誤りで、淺野庄の本所である。『康正二年(1456)造内裡段錢并國役引付』に「壹貫六百文。北野社領尾張國下淺野保設錢」と見えるのはこゝの事である。また当所及び近村に孟宗竹が多く、大きな竹林が所々にある。『和漢三才圖會』に、
鳳尾竹。高不過五六尺。葉細三分許。其笋冬月生。故俗呼曰孟宗竹
(:鳳尾竹。高さは五、六尺(約1.5-1.8m)を過ぎない。葉は細く、幅は三分程(薬9mm)。タケノコは冬の季節に生えてくるため、俗称で「孟宗竹」(もうそうちく)という。
とあるように、冬や春にタケノコが出る頃は、大量に府下(名古屋城下)に運送する。かの漢土(中国)にいわゆる「二十四孝」といって、雪中に竹の子を堀った人の名を孟宗といったことから、このように竹の名へ負わせたと考えられる。
参考:『尾張名所圖會 後編 巻六』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)