五郎丸村には現在、万願寺[まんがんじ]という地名と交差点がある。 もともとは万願寺というキリシタン寺があって、慶長17年 (1612) の家康の禁教令によって全て取り壊された。
弾圧は苛烈を極めた。村人205名の内100名が殉教している。処刑された者は村の主だった人が多く、 男女・年齢の区別なく8歳・10歳の子供もあったという。村人の5割以上が処刑され、村が立ち行かなくなるほどであった。
供養塔は4つの石碑の一番右である。

犬山市五郎丸上前田
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