慶応4年 (明治元年 1868)入鹿[いるか]池決壊(入鹿切れ) の供養塔である。碑文には 「入鹿洪水溺死群霊碑」「慶応四年」 とある。
最も被害の大きかったのが、ここ羽黒の朝日集落であった。「羽黒水災記」によると、「溺死者は一千人、実に前代未聞の大変なり。」と記され、洪水の凄まじい様子を伝えている。 流出家屋 807 戸、浸水家屋 11,709 戸、流没耕地 8,400 haであった。

犬山市羽黒細目