古代の廃寺跡で、この丘陵に「寺平」という地名が残る。松林の中には直径2m近い塔の心礎をはじめ、多くの礎石が整然と残り、古くから注目されてきた。しかし寺院に関する記録や伝承は乏しく、瓦の出土もなく、西側の畑地から関連遺物はほとんど見つからないため、創建時期や歴史的役割は不明である。
第三次・第四次調査で講堂跡が確認され、また三彩陶器片が数多く出土している。
参考:恵那市史編纂委員会『恵那市史 通史編 第一巻』(恵那市、昭和58年)680、681頁