林家住宅は江戸時代に太田宿の脇本陣として使われていました。主屋の鬼瓦には「明和六年」(1769年)の銘があります。
林家は脇本陣を務めつつ、庄屋として尾張藩太田代官の指揮下で宿場の行政を担当しました。また、質屋や味噌、米、溜の製造販売も行っていました。大豆などの原料は犬山などから木曾川を経て調達したり、太田宿周辺の畑から得て、当地で加工し、木曾川を下って名古屋方面に送られました。
最盛期には、広い間口、9棟の土蔵、3棟の馬屋、離れ座敷を持つ壮大な構えを誇っていました。
林家の隠居宅