金森長近は天正十三年(1585)姉小路(三木)氏を討ち、翌年(1586)飛騨一国を賜わり高山に移り、同十六年(1588)より天神山の古城趾を本丸とし、二・三の丸・出丸・腰郭等を増築し、山王山との間を堀り、慶長五年(1600)に至って城郭は完成した。
文禄(1592-3)慶長(1597-8)の二回の秀吉の朝鮮征伐では、美濃の諸侯も従って金森五郎八長近は八百人を派遣した。(『濃飛両国通史』)
参考:『濃飛兩国通史 下巻』(岐阜縣教育會、大正十二年-1923)15、28頁