麻生村にあり、養老山と号す。土人は下の堂と云う。
赤人は聖武天皇の朝(724–749)に上總國山邊郡に生まれた。養老・神亀の頃(717–729)朝廷に仕えた(年代は要検討)。『姓氏録』によると山邊宿禰は垂仁天皇の後裔という、また正六位上山辺大老人、或いは大和国の人であると。和歌を善くして召し出されたという。
この地の人は「赤人此に出生す」というが詳でなく、恐らくは一時の幽棲の跡であろう。
参考:『近江名跡案内図』(静里北川舜治、明治二十四年-1891)436、437頁