九十軒町の北東側にある。

もとは松山天道宮壽命院があった。当山派の修験清壽院の末寺(同行)。大永年中(1521-1528)出羽國羽黒山の山伏隆海が建立したが、長年の間に衰廃に及ぶ。元和年中(1615-1624)に、壽命院が美濃の久々利より来て再興する。本社は天道宮、左右は八幡と辨財天。そのほか境内に末社が多かった。

明治の廃仏毀釈で廃寺となり、松山神社となった。

参考
『尾張名所圖會 前編 巻二』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)

名古屋市東区泉3丁目2番29号
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