金山城主・森武蔵守長可は織田信長に仕えたが信長亡き後は秀吉に仕えた。小牧・長久手の戦いの長久手合戦の時、「鬼武蔵」と狙われ、追撃された。そして天正12年(1584)4月流れ弾に倒れた。27才であった。その首を金山に持ち帰ろうとした家来たちは、その首を狙う悪漢どもに刎橋を落とされ、道を塞がれたので、石原村の方に避けて真禅寺に葬った。
そしてその24人の家来たちはこの地に土着し長くその菩提を弔うこととした。鎧の下に着ていた経帷子を野良着とした。それ以後この地は帷子という。
愛用の槍は現在東京国立博物館にある。
愛用の太刀は伊勢神宮にある。
森長可は茶の湯を愛し、御物「沢姫の茶壷」や天目茶碗を所有し愛でた。それらは死後秀吉様に献上するよう遺言状を遺している。弟の森蘭丸・坊丸・力丸は本能寺の変で討死している。5男の仙丸が跡をついだが、家康の命で川中島に転封となり、金山城は慶長5年(1600)破城となった。
寺までの参道に、岩に石仏が複数配置されているものがある。村を守る神々だそうだ。