祭神は天津彦根命の孫の意富伊我都命。額田郷に属し、額田部氏族の移住地である。
社の由緒記(明治9年)によると、糖田(額田)・増田村の鎮守として祭祀し、古くは増田村にあったものを、額田村の宮山に移遷した。後年の考古学者鈴木敏雄の調査では、本来は宮山にあったものを、増田に移遷し、再び戻したと推測している。
祭神は意富伊我都命であるが、三重郡(旧朝明郡)鵤(いかるが)村も同じく額田部族の移住地といわれ、式社伊香留我神社にこの祖神を祀り、また遠祖天津彦根命が額田神社や多度大社、桑名神社を通じ同祖であるため、この神の後裔が広く桑名で繫栄したことが推測される。
近藤杢、平岡潤『桑名市史 本編』(桑名市教育委員会、昭和34年発行・昭和62年三版)53、54頁