江堂跡の前にあった川である。内江に出入りする場所であって、◎筑摩明神の手水という。古川と称するのはこれのことである。昔はここが砂洲のようになっていて東側は湖のようになっていた。
参考『近江名跡案内図』(静里北川舜治、明治二十四年-1891)