沖村にあり。むかしは当国から信濃の方へ行く往還だったが、旅人がこの社の前で下馬しなければ、神の祟りがあるといって恐れた。和泉国の蟻通明神のようである。なので必ず下馬したので、そのころ「沖のなかおり」といったと、今も里人の口碑に残る。
参考:『尾張名所圖會 後編 巻三』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)