※白山神社におく。
日置小川町の東、白山のあたりをいう。幕末頃は人家がまばらな貧しい土地だったので、鶯(ウグイス)の啼く音もひとしお静かに聞こえる所である。むかしから当國の鶯が賞されていたのか、赤染衞門の家集の中の森の歌にも
鶯の 聲するほどは いそがれず
と詠み、丹羽郡二宮山の山姥の故事にも、その場所の鶯を賞されていた事が見える。『萬葉集』の
鶯の かひこの中の ほとゝぎす
という歌は、ホトトギスが鶯の養い子という伝承を詠んだものであり、『續日本紀』及び『扶桑略記』に「養老五年(721)正月戊申朔。尾張國言。小鳥生大鳥」とあるのも、この辺りの鶯の巣から、別の鳥が巣立ち出てきたことを見て申したものだろう。『延喜治部省式』の中瑞のうちにも、「小鳥生大島」と見える。
参考
『尾張名所圖會 前編 巻二』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)