※現在は跡がなく、古渡におく。
南方鑷(ケヌキ)は、名古屋けぬきとして名物である。足利義教公(1394-1441)が富士御覧の折、熱田の圓福寺に泊まられた際、古渡の鍛冶の鑷を献上したところ、「なんぼうよきけぬきなり」と仰せられたことから家号としたことが、『白華隨筆』に記されている。
岡田挺之『暢園詠物詩』の古渡の句
人姓南方能淬劔。村名古渡自横舟
(:姓は「南方」剣を焼き入れして鍛え上げている。村名は古渡、舟が横たわる。
『狂歌眞寸鏡』
うつろへる人の心のはなけぬき南方くいても今はかへらぬ
木端
(:移り気な人の心の鼻毛抜き(心が離れ気も抜け)。なんぼ悔いても今は返らぬ。
参考:『尾張名所圖會 前編 巻一』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)