長瀬村長瀬字殿屋敷にある。大正元年(1912)耕地整理で開墾し、旧観を留めない。

この城は應永の初め(1394-)鷹司式部大輔冬基が始めて築いた。子孫が代々在城し與十郎冬明に至り、骨肉の争いが起こり、冬明は土岐頼藝に、弟政光・光政は斉藤道三にくみし、冬明は天文四年(1535)八月十七日に鷲巣六郎居所の合戦で、政光によって殺された。政光・光政は天文十七年(1548)十一月晦日より十二月四日に至る牧野合戦に於て討死し、長瀬本城は灰燼に帰す。

参考:『揖斐郡志』(揖斐郡敎育會、大正十三年-1924)814、815頁

揖斐郡揖斐川町
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