昭和四十年、通学道路の拡張工事で土手を削った際に布目瓦が出土した。住民は以前から畑で同種の瓦を発見し、川へ捨てていたという。これを契機に山岡中学校郷土史クラブを中心に調査された。多数の平瓦・丸瓦を採集し、石積からは軒丸瓦の破片も得られた。
寺院跡の遺構は中央に縦約70cm、横約40cmの自然石二枚があるのみだが、地表下約30cmに瓦が集中しており、今後の調査で遺構が確認される可能性がある。周辺には廃寺跡に似た台地が点在し、隣の台地では奈良時代の住居跡や大型須恵器瓦も発見された。さらに大正寺・長楽寺など寺名を冠する字名や、下浮坪・上浮坪など坪名も残っている。
参考:恵那市史編纂委員会『恵那市史 通史編 第一巻』(恵那市、昭和58年)704、705頁