大野村公郷八ノ坪にある。大正期には面積三段歩(約3,000㎡)の籔となり、周囲に堀を巡らしていた。この城は竹中氏の居城で、遠江守重元は明應六年(1497)に当城で出生し、永禄元年(1558)岩手に移った後、城は廃れた。竹中重門は軍師・竹中重治(半兵衛)の父である。
参考:『揖斐郡志』(揖斐郡敎育會、大正十三年-1924)811