日本建国の初め、神武天皇の第三十三年に鎮座した。尾張の国造(くにのみやっこ)、小止与命(おとよのみこと)が尾張氏の祖であるが、その遠い祖先に天照大神の孫の天忍穂耳(あめのおしほみ)命の第一皇子の天火明(あめのほあかり)命である。火明命の御子の香久山姫が、初めは葛城国高尾張におられたが、後に尾張国に来臨されて、小止与命たちの数代前の祖となった。

この天火明命がこの神社の祭神である。天火明命は、鏡造の祖神で八咫(やた)の御鏡を鋳造し、子孫には美術工芸をおしえられた鋳造の神であり、尾張氏族のみならず、多くの氏子から鏡造祖として尊拝せられた。

『定光寺年代記』によると、天正13年11月29日(太陽暦で1586年1月18日)に大地震が起き、真清田神社の楼門・回廊その他の殿舎が倒壊した。


一の宮の市

享保12年(1727)から六斎市が開かれ、近郷の村々から商人が出店を張って古手(衣料)糸、綿、いさば(魚屋)・味噌溜り・太物(綿・麻)小切れ・煙草・菓子・小間物・古道具などを売る店が神社の門前に立ち並んでいた。


参考 尾西市史編さん委員会『尾西市史 通史編 上巻』(尾西市役所、平成10年)

一宮市真清田丁目番
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