桶狭間の戦いでは松平元康は今川方として大高城にいた。『松平記』によれば織田方の水野信元(諸説あり)と元康は伯父と甥の関係で今川義元の戦死を知り早々と退いたらしい。元康は大高城を出て大樹寺に入った。岡崎城の今川家臣が駿河へ帰ると、5月23日元康は岡崎城に入った。『三河物語』によると「捨て城ならば拾おう」と言って入城したという。こののち、元康は今川氏から自立していく。
愛知県史編さん委員会『愛知県史 通史編3 中世2・織豊』(愛知県、平成30年)