野上里

結ひ捨てたる 露の契りを

不破郡関ケ原の東にある


『風雅集』(貞和二年 [1346] )、原歌は『万葉集』[759年以前]

霞(かすみ)たつ 野上のかたにゆきしかは 鶯(うぐいす)鳴きつ 春に成るらし
読人不知

『六百番歌合』(建久四年 [1193])

一夜かす 野上の里の草枕 結ひ捨てたる 露の契りを
定家

『新拾遺』恋(貞治三年 [1364])

露しけき 野上の里のかり枕 しほれて出つる 袖の別れ路
為秀

『新続古今』(永享十一年 [1439])

また結ふ 契りもしらて消えかへる 野上の露の しのゝめの空
後小松院御製 しのゝめ=夜明け

『六百番歌合』(建久四年 [1193])

恨むへき 人こそなけれ東路の 野上のいほの 暮方の空
寂蓮法師 いほ=質素な小屋

『一字御抄』不破の関読合(弘安三年 [1280] 頃)

いかてけふ 野上の里を過行かむ 夜深く関の 雪降りにけり
永胤法師 どうやって野上の里を過ぎようか、夜深くに関所に雪が降っている

『家集』遊女(保元・平治〜治承 [1156〜1180] 頃)

打過きし 野上の里の妹を見て かへり下るは 泪なりけり
源頼政 通り過ぎた野上の里の愛しい人(遊女か)を見て、都へ帰り下る途は涙にくれる

『夫木』(延慶三年 [1310] 頃)

不破の山 朝越え行かは霞たつ 野上のかたに 鶯(うぐいす)そなく
隆信

『新後明題』(延宝年間 [1680] 頃)

おきて行く 名残をそ思ふ草枕 野上の里の 露の契りに
後西院御製

『藤川記』(文明五年 [1473])

旅人に 目さまし草をすゝめすは 野上の里に 晝(昼)寝をやせむ
兼良 旅人に眠気覚ましの草を進めなければ、野上の里で昼寝をしてしまう

参考
『美濃明細記』(伊東実臣、元文三年-1738)