明治の道路改修まで曲所(まがりと)といい、急角度で曲がって一段高くなっていた。
天正年中(1573-1592)、深夜になるとここに妖怪が出て通行の人々を悩ました。ある時、魚屋町の助九という力自慢の男が、この妖怪を自分一人で取り押さえようと夜中ひそかに曲所に立っていると、一人の小僧がこそこそと通るので、これこそ評判の妖怪であろうと、ひっ捕らえようとしたところ、小僧の力は意外に強く、無言のままで助六と組み合い、しばらく助九をあしらっていたが、ついに助九を頭上に差し上げて、そばの橋の下へサッと投げ捨てたまま、パンパンと手拍子を打って笑い、そのまま姿を消してしまった。助九は気絶したが、しばらくして意識を取り戻し、翌日昨夜のことを話したところ、人々は大いに驚き恐れて、急いでここに六角堂を建立した。
不思議とそれ以来妖怪は出なくなったというが、また一説には、金山城鬼門除けに建立したものとも言われている。
参考:岐阜県可児郡兼山町『兼山町史 復刻版』(平成16年)1002頁