侍名山高岳院教安寺。鍋屋町の南にある。浄土宗、京都智恩院の末寺。

教安寺はもとは甲斐國巨摩郡新府にあったが、慶長五年(1600)三月七日、仙千代君(神君(家康)の八男。御母は相應院殿、相應院殿は尾張藩初代藩主徳川義直の母でもある) が亡くなり、御法號を「高岳院殿華窓林陽大童子」として、この寺に葬った。のちに同十三年(1608)、平岩主計頭親吉が清須に移したが、相應院殿の本願によりここに移した。

  • 本尊:阿彌陀の三尊。
  • 書院:相應院殿の寝殿を移して方丈とした。
  • 惣門:國祖君(尾張藩初代藩主徳川義直)が清須の城門を移して、寛永十九年(1642)に建てた。
  • 鎭守:熊野社。三社権現の木像を安置する。
  • 鐘樓
  • 塔頭:浄峯院・賀月院の二宇は、元和三年(1617)相應院殿の父の志水加賀守宗清(法號浄峯院)、及びその母の賀月院の為に建立。助正院は慶長十八年(1613)の造立である。

参考
『尾張名所圖會 前編 巻二』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)

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