柏原驛にある。驛は宿駅のこと。

寂照山圓乗寺と号す。伝教大師が開基し、かつては七堂伽藍と三百坊余を有した。嘉暦元年(1326)、越前平泉寺の僧徒が来襲して堂宇および三百余坊を破却し、僧徒は四方に散った。

應永初年(1394-)、比叡山の貞舜法印が再興した。永禄十一年(1568)、織田信長が当寺に宿泊し、慶長六年(1601)、祐圓が法印堂を建立した。徳川家康は関ヶ原の兵糧二百石を寄付し、のち寺領として160石5斗の朱印を下付され、かつては末寺を八十ヶ寺と数え、霊宝や什器が多く伝わっている。

永禄十一年(1568)八月の織田信長の禁制札、天正十年(1582)十二月の丹羽長秀・羽柴秀吉の制札、慶長五年(1600)九月の小早川秀秋の制札、天正十三年(1585)十月四日の徳川氏の掟書がある。また門前の十王堂は、小野篁の作。

参考:『近江名跡案内図』(静里北川舜治、明治二十四年-1891)419、420頁

米原市柏原1692番地
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