※正確な場所は不明だが、蒲生野遊猟レリーフがある為ここに著す。
『日本書紀』によれば、天智天皇が蒲生野・遺邇野・莿荻野に幸し、宮地を視る。また天皇七年(668)五月五日に蒲生野に猟す。
『日本紀略』によると、延暦二十二年(803)閏十月、參議左兵衛督兼造東大寺長官・紀朝臣梶長を遣わして近江国蒲生野に行宮を造らしむと。
往古は、荒凉たる原野にて民家もなく、或いは六本野ともいい、また紫野、しめ野、う子野ともいう。
参考:『近江名跡案内図』(静里北川舜治、明治二十四年-1891)441頁