天正十三年(1585)、豊臣秀次が築いた。秀次は近江一州を領しこの城に居り、近江中納言と称す。天正十八年(1590)京都に帰り豊臣秀吉の後を嗣ぎ関白となる。本城、二城、三城の跡や石垣等が残る。
参考:『近江名跡案内図』(静里北川舜治、明治二十四年-1891)