天保年間、川島には松倉城が築かれていた。小綱島と松倉上の島の境には樫の大木がそびえ、水陸の交通の目印となっていたという。この樫の大木の下には松倉城主の坪内氏の墓があり、長い間守られてきた。坪内氏は織田方で永禄9年(1566)の一夜城の墨俣城築城の際は木曾川を経て集められた木材をここ松倉で製材し、墨俣へ送られた。
明治43年8月、守り役であった小島清太郎さんは、この樫の木を忘れ去られないようにと碑を建立した。現在、碑は木曾川改修工事のため、7、80メートルほど南に移動している。工事中、墓の跡から数多くの土器や人骨が発見され、それらの土器は川島町のふるさと資料館に保管されている。
参考:
川島町文化財保護審議会の看板