鎌倉時代の中頃に、大和(奈良)から刀匠の金重と兼永が移り住みました。正応元年(1288)には、奈良の春日大社の分神を関鍛冶の総氏神として勧請し、神殿を創建しました。春日神社に分神が鎮座した1月28日には、関鍛冶が例祭を行っていましたが、江戸時代の中頃には関村の町人による祭りとして定着し、現在では毎年4月の第3土・日曜日に春の例大祭が執り行われています。


本堂



本堂の前には能舞台がある。南北朝時代から室町時代にかけて、能狂言が盛んに行われていました。春日神社の境内では、関鍛冶がシテ(能狂言の主役)を務めるなど、関鍛冶を中心とした神事能が行われていたと古文書に記されています。寛文5年(1665)には、関村領主の大嶋義近と関村の町人が能舞台を建て、関鍛冶、大嶋家、関村の町人たちによって幕末まで能演が続けられました。

関市南春日町
種別