小田井城主織田丹後守久孝(常寛)が永正年中(1504~20)に、城郭の守護神として伊勢の内宮を勧請したことがはじまり。廃城によって城下町が農村集落にうつりかわったので、村の鎮守神となった。対として久孝の息子が坤(ひつじさる-西南)の方角に伊勢外宮を祀った、神明社がある。
明治39年(1906)に鳥居・拝殿が造営された。