細久手宿を見下ろす庚申堂。寛政10年(1798)春に大火があり、その後、宿場では様々な不祥事が続発した。宿役人が易を立てたところ、「宿上」の鬼門に当たる場所に神様を祀れば、これらの災いが鎮まるとのお告げがあった。そこで、寛政12年に起工し、2年の歳月をかけて竣工した。棟札によると、宝暦五(1756)と天明年間(1785年頃)のものがあり、現在のお堂が建立される以前から、この場所にはより小規模な堂宇が存在していたと考えられる。

享和2年(1802)に再建された。細久手宿で最も古い建造物である。


堂内諸仏としては、庚申像(天明5年-1785の棟札)、如意輪観音像(享和2年-1802)、阿弥陀如来像(享和2年-1802)、弘法座像(文政6年-1824に京都より)、観音講諸仏(細久手上・中・下組で行われていた講)がある。


境内石碑としては、弘法様、歌碑(江戸中期に歌会が催された)、役行者像(文政8年)、地蔵菩薩(文化10年)、聖観音(天保2年)、如意輪観音(享保5年、道行き15人)、笠塔婆(享保5年、道行き33人)、阿弥陀仏碑(寛政12年、細湫宿願人4人剣型碑)、名号碑(徳本上人)、手水鉢(天保10年、遠山国治奉納)、常夜灯(寛政10年、上組念仏講)がある。

石窟内に役行者像。奈良時代初期に大和葛木山にいた呪術師で修験道の祖として崇められ、山岳信仰に及んでいる。

日当たりのいい場所で石仏がある。

瑞浪市日吉町