臨済宗。貞治四年(1365)中島郡の豪族・中島蔵人の子・滅宗宗興が大応国師を勧請して勅願の道場として開創した。荒尾・中島氏ら周辺の土豪から土地の寄進を受け、さらに田畠や荒野を買い取って寺領を拡げた。
室町幕府が律する五山制度の五山、十刹に次ぐ諸山に位置付けられ、長享元年(1487)には足利義尚から寺領安堵の御判御教書が与えられた。文和2年(1353)に足利将軍祈願所、貞治3年(1364)には諸山に列せられ、尾張における北朝の拠点であった。
清須守護代織田家側が岩倉守護代織田家に対して影響力を強める過程で、織田弾正忠家は岩倉守護代の保護する妙興寺の領地を奪い取った。
参考
尾西市史編さん委員会『尾西市史 通史編 上巻』(尾西市役所、平成10年)