寶珠山醫(医)王寺、大井村にあり。真言宗、長野・萬德寺の末寺。神龜二年(725)乙丑、行基菩薩の創建で、もとは十二坊あり。寺産も百八十貫文を有したが、破壊・頽廃して、今は僅かに寶常院・北室院・利生院・圓蔵坊等の四宇のみ残っている。
本尊 聖師如來。日光・月光の像を左右に安置する。共に行基の作である。
明星水 弘法大師がこの井戸を掘り護摩を修せられた。
寺寶 鰐口。北室院の観音堂にあり。銘に「寶徳三年山田郷極樂寺」の文字あり。
同村の名産にして、毎年國君(尾張藩主)より朝廷及び将軍家へ献上された。そのはじめはこの附近に持戒嚴密の異僧が、腸管を調和する技法を鍛錬し、技法を得たことによる。浦の人が腸を洗い清め盤に入れると、僧はこれを窺い、腸の多少に応じて、白瞳(しほ)を擦り投げれば、浦の人が木箆(へら)で掻き均し、二三日置いて舐めると、美味で最妙であったため、ついに本州の名産となったと『佳境遊覧』にある。当郡では広く製するが、この村及び師崎にて製するを最上品とする。淡味の塩梅はいはんかたなく、酢を嗜む酒客はひと口啜れば、さらに数杯を傾けさせる。実に比類なき名産である。
同村の海浜の章魚(たこ)漁は、同郡常滑より燒き出される口の狭く胴の張った壷を水底に沈め置くと、章魚は壺の中を穴窟と思って入り、やがて口が狭くて出られないのを引き上げて手で捕える。西浦では更にやり方が替わり、餅を餌にして釣る。これもまた尋常でなく異なり珍しい。なお、この壺の古いものを、水指・花生などに用いる人もあり、全てこれを章魚壺という。
参考:『尾張名所圖會 前編 巻六』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)