往古、無量寿院といい天台宗であったが、貞永元年(1232)真宗の開祖・親鸞が巡錫の時、真宗に転じて寺号を聖蓮寺に改めた。当寺はもとは牧田平井にあり、天正年間当地へ移った。牧田平井には今も同寺の道場があるが、かつては川向こうにも道場があり、山崩れによって平地を失ったため、それらしい跡は残っていない。
寺伝によれば、八幡宮の別当が深く親鸞に帰依し、真言を改めて導法房唯然と称し、念仏の行者となったと伝えている。
境内に一つの花に八つの実がなく梅があり、珍樹とされる。親鸞御手植えと伝えられる。
県指定工芸品。高さ69cm、口径50㎝、厚さ3.4㎝。隆慶伍歳次辛未(1571)仲秋月日造。匠人 周鳳 鋳造一己作。
大正15年(1626)当時朝鮮総督府の高官であった養老郡牧田村平井(現上岩津町)出身の壇信徒某氏が、朝鮮在住30年を記念すると共に、父母・祖先の高恩に報いるために聖蓮寺へ寄進したものである。太平洋戦争のさい供出されたが、文化財として返還され、今日に至っている。
参考:
関ヶ原町『関ヶ原町史 通史編別巻』(関ヶ原町、平成5年)8、9頁
『上石津町史』(上石津町、昭和五十四年)149頁