富士村にある。本宮山に向かい合って立ち、俗に小富士ともいう。孤立する峯で高く、遠くは駿河の富士の峯を望み、近くは入鹿の大池を見下し、尾・三・濃・信の連山が一望でき、風光は比べるもののない佳境である。富士に擬したものは諸国にあり、皆その形によって名付けられ、この尾張富士のみだけでない。むかし近江の土を駿河に運び、湖と富士山とを造りなさった時、荷担ぎの神がこの地で一簣(ひとすくい)をこぼしなさり、この山となったことをいい伝えられるので、かの駿河の山と同じ土石だという。

近世に高田與清が著した『國鎭記』というものに、駿河の富士山をはじめ、諸國の擬富士を挙げている。それは陸奧富士・薩摩富士・都富士・有馬富士・伊豆富士・八丈富士・近江富士・南部富士・筑紫富士・豐後富士・鎌倉小富士・播摩富士・讃岐富士・安藝小富士・志津川富士等を出すがに、この尾張富士はどうしてか書き洩らしている。

富士浅間社

尾張富士の峯にある。本社祭神木花開耶姫命。左右に金剛界社・胎藏界社等がある。またその下に駿州富士八葉にならって、熊野社・神明社・三島社・鹿島社・日吉社・白山社・伊豆社等を祀る。それより麓まで末社数祠あって、釜岩社・日神社・中宮社・八幡社・三輪社・山王社・辨財天社等がある。このほか古跡は多い。

大宮社 富士の麓にあり。俗に富士新宮という。

例祭 四月初申日・六月朔日・九月十五日・十一月初申日なり。その内六月一日は特に大祭で、五月晦日の夜より、山上山下に大きな篝火を夥しく焚き、貴賤の群衆が参集して、山も崩れるようになる。この火は遠くからはたいへん華やかに見えて、如意ケ嶽の大文字を彷彿とさせる。翌一日には別當修験等が出座して読経・護摩を行い、終わると近郷より馬を献じる。また当社に左鎌を奉納して祈願をかける事があるが、その由来は不詳。

別當大嚴院 長來山富光寺と號し、真言宗、犬山薬師寺の末寺。当院は天平年中(729-749)に行基菩薩の開基であると云い伝えられる。本尊は薬師の木像。

修験 常昌院・寶藏院・泉正院・千手院・金藏院の五坊あり。いにしえは十二坊あったという。今も悉く旧地が残る。

参考:『尾張名所圖會 後編 巻六』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)

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