益田の豪族・三木氏の崇信を受けて、景川宗隆の門下・景堂玄訥が寺を創建した。後に金森長近が再興し、寺は要仲山玉竜寺と称された。景堂玄訥は天文十一年(1542)十二月に寂し、実相無相禅師と謚され、門下から景堂派が生まれた。

参考:金山町史編纂委員会『金山町史』(岐阜県下呂市、昭和五〇年刊、平成一七年復刻)107、108頁

下呂市金山町中切
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