水野監物直盛の居城。俗に「常滑殿」と称した。今は田圃となっている。

宋牧(1455-1537)が『東國紀行』に、「常滑までと急ぎ侍るに、やがて水野監物丞より使ありて云々」と記し、宗長『手記』に、「常滑水野喜三郎宿所云々」と見える。その喜三郎は直盛の幼名である。

参考:『尾張名所圖會 前編 巻六』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)

常滑市市場町5丁目7番地
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