大長山乘圓寺は中切村にある。曹洞宗、名古屋永安寺の末寺。むかしは常觀寺の一堂であったが廃れていき、慶長年中(1596-1615)に永安寺二代東順和尚が再興して、現在のような末寺となった。
『鹽尻』に、中切村に尋ねて行ったことが書かれてある。乘圓寺とて昔は常觀寺の一堂で、その跡は田の字に残るという云々。彌陀・藥師・十一面の古像、やんごとなく並ぶ。行基の作かとみえる。なので熊野の神作という伝もあるのだろう、僧に問えばあまりはっきりしない。むかし、熊野三所の本地堂などにもあったのではないかと見える。
参考:『尾張名所圖會 後編 巻三』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)