落合村の辺、松雲山佛音寺という曹洞宗の梵刹があるあたりの川岸に特に多く、秋の頃は遠近の騷人、ここに来て花を賞し、月に乗じて帰るも多い。
『琴笛集』
五條川萩の頃は毎年、曉臺叟(名古屋の俳人加藤暁台)が一座を引き連れて来た。その中の句。
小比丘尼の をりて捨て行く 野萩かな
曉臺 尼の格好をした娼婦が、折って捨てゆく野に咲く萩かな
秋
のぞくまで 物かく萩の 夕(ゆうべ)かな
士仙 覗くまで向こうの景色を隠す萩の咲く夕暮れかな
秋
風さつと 萩ふりそゝぐ 川邊かな
白圖 風がさっと吹き抜けると、萩の花が降りそそぐ川辺かな
秋
秋の日の 斜に萩の ねむりかな
臥火 秋の陽光に、萩が眠るかのように佇んでいる
秋
川べりや 滴とく〳〵 雨の萩
麥圃
秋
荻萩の おはれかゝるや 水の月
騏六 荻(ススキに似ている)や萩が覆い被さる、水に浮かぶ月
秋
参考
『尾張名所圖會 後編 巻三』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)