草井村中組と前渡村前河原を結ぶ。川幅一二〇間。

地元有志による株式組織により営業され、船渡株の惣代は十名だった。明治一五年の渡し賃は、一人、人力車一台、馬車荷車一台・牛・馬一頭、かご長持一荷で五厘。両掛一荷分持で二厘。

明治十二年(1879)名古屋鎮台御用として船橋を架けられ、村では四人が代表となって動員が行われた。
十二月二二日 
・初船:十六人
・夜来用:十二人
・人足:三四人
十二月二三日
・大船:七人(持船七船)
・小船:十五人(持船十八船)
・人足:七三人
費用は支出が四八円三九銭、鎮台からの支給が三三円六八銭、差引十四円七一銭を村負担で補った。

明治十五年(1882)三~四月に名古屋鎮台の渡河演習が行われ、輜長隊第二大隊が通行した。草井村戸長・松枝義平を通じて名古屋鎮台主計より協力要請があり、草井村では鎮台幹部の宿所や馬匹受入れに追われた。

参考
『くさの井史』
江南市教育委員会・江南市史編さん委員会『江南市史 本文編』(愛知県江南市、平成13年)501頁

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