※詳細な場所は不明。美濃市大矢田の母山が不明であった為、当地の天王山におく。
武義郡大矢田村の山である。神道百首卜部兼邦の歌に、美濃の國喪山とあり、後に母山と書くようになったという。
『藤川記』(文明五年 [1473])
はゝき木の 梢なりとも見えなくに 誰か母山と 名つけ初めけん一條兼良 あの遠くから見えて近づくと消えるという「はは木」の枝さえ見当たらないのに、誰が母山と名付けたのだろう
参考『美濃明細記』(伊東実臣、元文三年-1738)