定覚山善光寺。浄土宗、高岳院の末寺。もと羽栗郡黒田村に在ったが、明徳の黒田合戦(1388)ののち、那古野の地に移した。
『塵添塔嚢抄』に、信濃國伊那郡小泉庄妹井郷に本田善光という者があり、攝津國難波堀江に捨てられた阿彌陀如来の像を背負って本國へ帰っていたが、尾張國黒田の宿に着いて荒薦を敷き立臼を置き、その上に如来を据え奉り伏していたが、その夜の夢にお告げがあり善光の辛苦をいたわり如来は善光を背負って信濃へ至りなさった、と記されている。そこで、善光が宿った黒田村の地に建立された古刹である。(旧善光寺古刹)
参考
『尾張名所圖會 前編 巻二』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)