長良川の字八幡東から葉栗郡本郷村に通じる川幅170間程の渡し場があった。
享保十年(1725)十二月、渡船費用十両を尾張藩から拝借している。
また、文化六年(1809)六月、森部村は長良川の渡船と中須川の操船が破損したとして、渡船造替のための費用を支給されるよう尾張藩船手役所へ願出ている。
船頭は二人で漕いでいた。この渡しを「とい」で越してもらう家は二百戸位であった。一宮・大垣線が出来ると廃止された。
参考:『安八町史 通史編』(安八町、昭和五十年)119、720、721頁