八劍山三寳寺という寺がここにあった。割田村にあり、八剣社を管理する。むかしは神宮寺といったと、松平君山翁がいう。天台宗で、春日井郡野田村密蔵院の末寺。智證大師が熱田の八剣宮をここに勧請し、不動明王の像を刻み當寺に安置したことから山號とした。寺宝不動の画も智證大師の筆である。
参考:『尾張名所圖會 後編 巻五』(岡田啓・野口道直、明治十三年-1880)