※詳細な場所は不明

修験繁昌院。伊勢町通袋町下西側にあった。当山派、三宝院の直同行(直属の末寺)である。

伊勢内宮の大子良子十七夜という女、寛永年中(1624)故あって内宮を退去し、当國鳴海に至り、八幡宮の神子となっていた。國君(藩主)が柳原の御祈念所において 神楽を御修行された時、筋目よい巫女をお尋ねになり、この十七夜を鳴海から召し出された。元禄二年(1689)、修験繁昌院が十七夜の聟となって、ここに住んでからも、 御神楽を奏されるときには必ず召し出された。國君の思し召しにより名を「花守」と改めてより、今に巫女を花守と称す。

  • 本尊:聖観音。弘法大師の作。

参考
『尾張名所圖會 前編 巻二』(岡田啓・野口道直、天保十五年-1844)


名古屋市中区錦3丁目13番13号
種別