米田城主肥田氏一族の菩提寺として天文年中(1532-)に草創された。天正十年(1582)六月の森長可による米田城落城、廃城で、廃寺となった。文禄元年(1592)に清泰寺(現美濃市)の末寺として開基され、肥田玄蕃など一族の霊位が祀られた。天明元年(1781)に再建され、現在に至る。

境内には、五輪塔、宝篋印塔があり、肥田氏ゆかりの什器も残る。肥田玄蕃の子・主水とその子孫は、代々尾張徳川家に仕えたため来村し、米などの寄進によって寺の保護に努めた。

参考:『かわべの文化遺産』(川辺町教育委員会、平成14年)29頁

加茂郡川辺町
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