創立の由緒は不詳だが、古くは菅田貝洞にあったと伝えられる。応仁元年(1467)には切原村の氏神として祀られたという。

この神社に懸仏四体あり、そのうち一体は金属板を円形の木板にかぶせ、その中央に十一面観世音菩薩像を彫り付けてあるが、木板の裏面には、墨書で次の文字が見られる。

八幡奉勧請 源頼継 敬白 文和二年(1353)十□月五月

この八幡は万場の八幡神社であると考えられる(『金山町史』)。

参考:金山町史編纂委員会『金山町史』(岐阜県下呂市、昭和五〇年刊、平成一七年復刻)106、107頁

下呂市金山町菅田桐洞
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